Profile
最首克也 -Saishu Katsuya
数字と言語、制度と個人、文化と人間—
その境界を行き来しながら、
個人と組織と社会の物語に伴走する。
1980年千葉県いすみ市生まれ、3人兄弟の長男。祖父の会計事務所と父の歯科医院が併設されたホワイトベースのようなビルが敷地にある実家で育つ。地元小中学校、長生高校(理数科)を経て、東京大学理科一類に入学。
工学部物理工学科に進学後、しばしの遊学期間を経て公認会計士試験に合格する。
青柳文司博士の会計言語論を理論的支柱とする監査法人双研社に入所し、小泉・竹中政権下の資本市場改革下で導入された米国流の会計・監査手法への適応のための研究開発室を立ち上げる。同時に組織の遊撃隊としてコーチングやプロセスファシリテーションの手法を用いた変革を推進するなど、会計/監査と組織開発の両軸で知見を重ねる。
2009年に独立。監査法人との連携を深めつつ、大和証券・帝国データバンク・三菱UFJ信託銀行等で講演を行うとともに、国際基準による保証業務(SSAE/SOC)サービス等の立上げを行う。2011年にロースクール進学。スタートアップ領域でCFO業務や国際渉外業務などを手掛けつつ、同時期に編集工学者・松岡正剛氏よりディレクションを受けて徐々にキャリアを転回。予備試験・司法試験・司法修習を経て弁護士登録。
現在は栃木県宇都宮市を拠点に、弁護士/公認会計士/戦略コンサルタントとして活動。倒産法務(企業再生・破産/管財・経保GL)を中心に手掛けつつ、高齢・障がい分野の日弁連委員・弁護士会委員長として権利擁護活動にも深く関わる。高齢分野では財産管理や信託・死後事務などの予防法務(ホームローヤー分野)、障がい分野では精神保健当番弁護士制度の立上げや精神保健審査会、依存症や自殺対策の有識者会議などに参与している。
デザインや設計の発想を持つ理系出身の公認会計士であり、同時にコンサルタント/カウンセラーとしての対人支援臨床の経験豊富な弁護士でもあるという稀有な組み合わせによって、法律や制度の構造を意識しつつ、当事者の本来的自由を実現するための戦略やデザインを日々検討・実装することを活動の基礎としている。数字と言語、制度と個人、文化と人間—。その境界を行き来しながら、個人と組織と社会の課題に伴走し続けている。
Career
経歴
1999 – 2004
大学時代
東京大学教養学部理科一類にてリベラルアーツ教育を受ける
工学部・物理工学科進学後はナノテク研で原子顕微鏡を扱う
最終年は学部を越境して現代哲学や経営学、国際関係論などを遊学
2004 – 2015
監査法人
大学を卒業して公認会計士試験へ合格
研究開発室を立ち上げて国際基準への対応を牽引
組織開発手法を用いた変革活動を推進
コーチング/カウンセリングの臨床をスタート
2010 – 2018
独立コンサル
法人設立、監査法人とも連携して活動
大手金融機関等でセミナー・講演活動
IT専門家としてサービスのローンチ、学会発表等
スタートアップのCFOや渉外業務を担当
2011 – 2019
ロースクール
→司法研修所
法律実務の知見をコンサルティングへ統合
編集工学者・松岡正剛氏からの薫陶を受け転回
予備/司法試験を経て司法修習へ(72期/宇都宮)
2020 –
弁護士+会計士
+コンサル
栃木県宇都宮市に弁護士/公認会計士事務所を設置
企業再生・倒産分野を中心に裁判所や金融機関関係者とも連携
高齢障がい部門の日弁連委員及び栃木県弁護士会委員長に
FBS (Fritz Business School) 入学、構造コンサルティングを実践中
Professional & Public Service
資格・学歴・公務
主な資格
主な学歴
学士(東京大学、B.Eng)
専門職博士(成蹊大学、J.D.)他
主な公務
日本弁護士会連合会 高齢者・障がい者支援センター委員
栃木県弁護士会 高齢者等援護センター運営委員会委員長
栃木県精神保健審査会委員、その他包括外部監査にも関与
Story
もう少し知りたい方へ
1980 – 1998 |いすみ、様々な原風景
太平洋に面したお祭り文化の漁師町、千葉県大原町(現・いすみ市)にて3人兄弟の長男として生まれる。天井まで本棚が並ぶ祖父の会計事務所の客間で電卓をいじったり、パズルを解いたりしているうちに算数がやたら得意な小学生になる。当時の田舎ではちょっと珍しかった公文式、英語塾、スイミング・・・と色々習い事に通う忙しい子供時代を過ごす。
ちょっと時代遅れの不良文化の漂う地元中学時代には、ビジュアル系ハードロックに出会いドラマチックな展開を見せる複層的な旋律や華麗なアートワークなどに惹かれるようになる。源流を辿るように洋楽や邦楽ロック・パンクにも触れるようになり、そのことを通じてメディアアートへの関心を高める。その後は千葉県長生高校理数科へ進学し「地元の神童」に出会い、数学オリンピック、大学への数学セミナー、東大への受験へと誘われる。
1999 – 2004|東京大学、彷徨と遊学
神童である友人の導きのおかげで、無事に東京大学教養学部理科一類に入学。初めての東京暮らしをするも東京生活に馴染めず、どこか地に足がつかない大学生活のスタートとなる。そんな中、居場所を求めて入ったテニスサークルの運営が楽しく、やがてキャプテンを務めるようになり教室よりもテニスコートにいる時間が長いような時期を過ごす。
そんな役割もいずれ引退のタイミングが来て、同時に進学や就職の時期が来るが、ピンとくるものを見つけられずモヤモヤと過ごす。そんな折、たまたま立ち寄った資格予備校での学習風景に刺激され、祖父の職業でもある公認会計士試験の受験を決める。ダブルスクール期は卒業を1年伸ばして他学部に潜り込み、現代哲学・経営学・国際関係論などを遊学し、最後に来て東大のリベラルアーツを満喫する。
2004 – 2008|監査法人双研社、遊撃隊時代
公認会計士試験に合格して「会計はビジネスの言語であり、決算書は経営者のナラティブである」と語る青柳文司博士の会計言語論を思想的バックボーンに持つ監査法人双研社に入所。米国の公認会計士制度の黎明期の中心人物であるジョージ・O・メイとの交流から発展していった歴史的潮流を聞き、監査というものの奥深さに感銘を受ける。
当時は小泉・竹中政権下の資本市場改革時代、新会社法や金商法の下で四半期報告制度や米国式の監査手法を基礎にするJ-SOXへの対応が必要となったことから、研究開発室を立ち上げラインを外れた遊撃隊として活動するように。同時に日本では黎明期であったコーチングやファシリテーションなどの組織開発手法を学び自組織での展開を行う。
2009 – 2015|独立後、偶然と好奇心に導かれて
組織での活動が一巡したところで、自身のユニーク・キャリアの探究を始める。どこかアートの香りのするホリスティックなものを求め、国内外でのリーダーシップトレーニングやエコビレッジムーブメントなどの社会革新的な手法と出会い、英国フィンドホーンへ視察に行くなど出会いと好奇心に導かれて学びと冒険を重ねる。
合従連衡に向かう監査法人を退所し、次なるフィールドを模索する旅へ。社会人向けの予備校でIFRS(国際会計基準)講座を立ち上げたのをきっかけに、大和証券、帝国データバンク、三菱UFJ信託銀行などの大手企業や関連学会から声をかけてもらい、講演を重ねながらコンサルタントとして実務経験を重ねてゆく。
2016 – 2019 |選択と集中、司法試験へ
拡散し過ぎた活動に対し「選択と集中」を意識的に始める。手放すことの難しさを感じる中で12ステップ活動に出会い、限界を知る冷静さと変化を選ぶ勇気をニーバーの祈りと共に求め、全体としての活動のリ・デザインを進めていく。多忙から休学していたロースクールに復帰した後は、事業活動を制約して法律学習に集中する。
この時期、イシス編集学校での松岡正剛氏から直接薫陶を受けるなど貴重な機会にも恵まれる。国際資本市場の最前線で活動する中で、その仕組みに関与すること自体に違和感を感じるようになり、徐々にローカルな個別の臨床に心惹かれるようになる。そんな中で予備試験・司法試験を順次突破し、法曹界へのパスポートを手にする。
司法試験終了後はクルーズ船での祝賀会でスピーチに立ったり、出身校や予備校から取材やオファーを受けたり、法律事務所の訪問を行ったり、旧交を温めたりしながら過ごす。宇都宮での司法修習時代はダルクなどの依存症回復支援団体との交流をしたり、コンベンションイベントへの登壇などによって、新しい縁を育むことになっていく。
2020 – 2022|駆け出し弁護士、人生の夏休み期
ロースクール入学から約10年を経てようやく弁護士に。当初は都内法律事務所に籍を置くも、コロナによるパンデミック下の混乱の中で早々に事務所を離脱して独立。1年ほどはあまり仕事のない豊かな空白の時間ができたため、マンガを読んだり映画を見たりと有意義な時間を過ごす。本格的な心理臨床のトレーニングを受けたり、マーケティング戦略の立案と実験的実装をするなどして過ごす。
事務所を宇都宮に移転し、栃木県弁護士/会計士会に所属変更したことを契機に、刑事弁護や県の包括外部監査などの仕事を受けるようになる。惜しいことだが、豊かな「人生の夏休み期間」が終わっていくことになっていく。臨床心理のトレーニングの中で出会った、マイケル・ホワイトやフランコ・バザーリアなどのポスト・モダン的な対人支援思想に影響を受け、いわゆる「社会的弱者」に対する支援などにも携わるようになり、日弁連の高齢者・障がい者支援センターのメンバーともなる。
2023 –|法律事務所XAI、本格スタート
商工会議所への加入や監査先の広がりによって顧問先や関与先が広がっていく中で、法人倒産案件を複数手がけたことによって破産管財人を務めるようになる。また中小企業活性化協議会から地元では担い手の少ない経営者保証ガイドラインによる案件を打診されるなどし、企業再生・倒産分野弁護士としての道を自然と歩み始めることになる。地元弁護士会でも破産管財業務の新人向け研修の講師を担当するようになる。
同時期に福祉分野において、罪を犯した障がい者の社会復帰をテーマにしたシンポジウム開催にかかわり、地元に未設置であった精神保健当番弁護士制度の立ち上げを行うなどする。日弁連でも韓国における障害者支援活動の現地調査に参加し、やがて県の精神保健審査会の委員にも就任するなど、気がつけば精神保健分野を扱うマイノリティな弁護士としての特性も備えるようになる。
また近年は構造思考の創始者であるロバート・フリッツに師事し、また、フリッツ・ビジネス・スクール(FBS)に入学して、事業構造のデザインやコンサルティングの実践に取り組んでいる。地元弁護士会の高齢者・障がい者部門委員長に就任したこともあり、ソーシャルな分野でもそのアプローチを使えないか日々構想中。
2026年
最首 克也
弁護士・公認会計士
栃木県弁護士会所属
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